キノコ雲から這い出した猫

動物の物まねで一世を風靡した三代目江戸屋猫八さんの半生記であるが、話は広島で原爆を経験してから後のことばかりで、幼少時代や両親、兄弟のことはほとんど触れていない。著者は直接の被爆ではなく、原爆投下直後の広島で救護活動に従事して、地面に浸透したウラニウム線の地面からの放射、反射能を浴びて原爆症に陥る。終戦後、東京に戻ってからは帝大病院（今の東大病院）に通うが検査ばかりで、「とにかく美味しいものを食べて栄養をとってください」といわれ、治療法がないことを悟り、病院通いを止めてしまう。著者はその後、ＮＨＫ「お笑い三人組」に出演し人気者となったが、原爆症は続いていて、休憩時間はすぐ横になって休んでいたし、本番中でも疲れると、舞台のポストやゴミ箱に寄り掛かっていたくらいであった。しかし競歩を本格的に指導してもらったり、最初の奥様の看病をされていた看護婦さんと再婚して、健康を徐々に取り戻していった。しかし著者の被爆体験は心の傷として残り、体の具合が悪くなると、まず第一に原爆症が頭に浮かび、広島が怖くて、広島での仕事の依頼があっても、ほとんど断っていたくらいであった。そんなこともあって、著者は長らく被爆体験を一般の人に語るのは伏せていたが、一方で公の場で一度は語っておきたいという気持ちもあって、昭和５６年国立劇場演芸場の独演会で初めて語った。昭和５８年には広島の宇品港の桟橋に立って被爆当時の様子を語るという中継番組にも出演したが、直前に見た原爆資料館の印象が強烈で、本番では当時の記憶が蘇ってしゃべれなくなってしまう。本人はプロにあるまじきと、かなりへこんでしまったのだが、視聴者からは絶句したところが迫力があって逆に好評だった。なお、この本の中でも被爆直後の描写は思ったよりも短い。最後にご夫婦で病気になって手術を受ける話でこの本は終わるのだが、平成１３年２月に奥さんを乳がんで亡くされると、極端に食が細くなり、家でごろごろするばかりで仕事もせず、結局元気が戻るということなく、最後は肺炎になってその年の１２月に亡くなられた。奥様を亡くし生きていく気力を失ったような最期だった。